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てつんどの世界 The World of Tetsundo
徳山徹人の世界にようこそ! Welcome to the World of Tetsundo TOKUYAMA

Last Update : Dec. 5, 2021
IBMのお客様の中には、沢山の製造業のお客様がいらっしゃる。
藤沢・大和のIT事例を、IBMの営業が営業活動使うことを見逃すはずはない。
お客様訪問、そこでの講演、発表などの依頼がたくさんあったし、逆に、実際に動いている支援システムとオートメーション、研究開発支援ツールをご覧になりたいと、IBMを訪れて下さるお客様も増えていった。
印象的な数例を上げさせていただくと、次のようなものになる。
4.営業支援で客先マネジメントと交流・講演
・東芝さん:府中工場長、青梅工場長、他たくさんの部長さん方が業務命令で、藤沢詣でをされた。なかでも府中工場長の小島さんとは仲良くなって、ラグビーの優勝にお祝いを差しあげたりするようになっていた。
その頃にはIBMの営業と一緒になって、藤沢、大和にゲストルーム新設して、お客様を迎えることが出来るようになっていた。プレゼンテーションを50人くらいのお客様にできる部屋も用意された。勿論、デモつきで。
・松下さん:電子の社長さんと、情報システムの関係理事さんがおいでになった。話の中で、ソニーさんとの関係について質問してみたら、松下さんには、ソニーを研究する課があると当然のように言われた。おもしろかった。
・ソニーさん:松下さんの訪問に間をおかず、ソニーさんがいらしたので、その話をしたら、うちは先端を行くモルモットでいいのですと答えられた。このアウンの呼吸が強い印象として残った。今のソニー、パナソニックの関係はどうなのだろう?
・鳥取三洋の井植さん:鳥取のIBM営業が、三洋さんに商談を持ちかけていた。それで、僕が鳥取まで2度ほど呼び出された。そのうち、一度は飛行機が取れず、米子まで飛んで、そこから、急行「出雲」でガタガタ、鳥取入り。
一度は、技術系社員300人ほどを集めたIBMの開発製造IT利用の事例の説明を、井植さんから僕に頼まれた。
鳥取大学卒業生を積極的に採用されていて、地域との関係を大切にされていると感じいった記憶がある。
・マツダさん:広島の営業が大きなビジネスを進めていたので、2度も呼び出された。一度は、広島までの飛行機が欠航になって、あわてて福岡まで飛んで、新幹線で広島まで戻った。次の朝の早い時間のMAZDAさんの幹部会議に出席するためだった。絶対に、前日に広島に着いていなくてはならなかったからだ。ホテルが空港の近くにとってあったから、着いても周りに食い物やがない。仕方ない。嫌いなお好み焼き、広島風を食べるしかなかった。
二度目に行った時には、マツダさんから、ロードスターのモデルを頂いた。今も、僕の机の上にある。
どちらも、商売はうまくいったとの報告がその後あった。よかったと。でも、旅費、宿泊代、食費、出張手当はどうなっていたのか分からない。営業が払ったと思うんだけど、定かではない。まぁ、鳥取では8月に岩ガキを食ったから、まあ良い事にしよう。真夏に牡蛎を食わせるって怒ったら、広島の牡蛎ではありません、試してくださいときた。本当に目から鱗…だった。
他に国内では、シャープの郡山の訪問や、サムスンの社長が藤沢にいらしたことを覚えている。
その後のITの活用を強く印象付けたかもしれない。
米国ゼロックスの女性の副社長が、ギブ・アウエイ(お土産)のナイフを持ってきていただいた。これも愛用している。
・外国では、オーストラリア軍の直系企業の民営化のITの営業支援に駆り出された。
オーストライリア人、アメリカ人と一緒にチームを組んで、3週間、飛行機でキャンベラ、メルボルン、シドニーの近郊の田舎に散在する工場を訪れた。苦しくもあり、楽しくもありの貴重な旅だった。
結果としては、オーストラリアIBMが受注をしたようだ。僕の「父さんは足の短いミラネーゼ」のオーストラリア編に、その一部を書いている。楽しんで読んでもらえると思っている。(ブック「父さんは足の短いミラネーゼ」を参照)
このオーストラリア行で、オーストラリアに惚れ込んだ。それで早期退職後、オーストラリアへの長期滞在許可の申請を始めた。しかし、僕の心臓君がそれを可能にしなかった。もしかすると、今、オーストラリア、メルボルンに住んでいるかもしれない自分を思う。セント・ギルダの近くに住むとハウス・ハンティングを終えていたのだから。





