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てつんどの世界 The World of Tetsundo
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Last Update : Dec. 5, 2021
「俺たちとジュリア」 2016
2001年イタリア年から始まった、16年の歴史を持つ「イタリア映画祭2016」を今年も数寄屋橋マリオンで見て来た。
2016年のプログラム

昨年までの流れで、今年も喜劇を選んで観た。
これまでの喜劇は、最終的には喜悲劇の終わるものが多かったのだが、今年の作品は、最初から最後まで喜劇だった。
僕の言う「喜悲劇」とは、喜劇でゲラゲラ笑って見ているが、見終わると、心にさみしさや、深いペーソスを感じさせるものだ。
しかし、今年の映画は違った。純粋に喜劇で、明るい未来を感じさせて終わった。ペーソスは全く感じなかった。
作品紹介

『俺たちとジュリア』 2015年/115分
原題:Noi e la Giulia
監督:エアワルド レオ Edoardo Leo
主演者と役割:
Luca Argentero: Diego: ディエゴ 車のセールスマン
Stefano Fresi: Claudio: クラウディオ デリカテッセンをつぶした男
Claudio Amendola: Sergio: ファウスト TVでの販売人
Edoardo Leo: Fausto: セルジオ 元共産党員
Anna Foglietta: Elisa: エリーザ 妊娠中の唯一の女性
Carlo Buccirosso: Vito: ヴィト カモッラ(マフィア)の中間管理者
下記はブローシャーからの引用
喜劇俳優としておなじみのエドアルド・レオが監督した痛快コメディー。人生につまずいた中年のディエゴ、ファウスト、クラウディオの3人は大きな農家を共同購入し、ホテルにリノベーションして再起を図る。激しい気質のセルジョと妊娠中のエリーザが加わり、妙なチームワークで順調に準備が進む。しかし、クラシックカー「ジュリア」に乗った犯罪組織の一員の出現で、事態は思わぬ方向に転がる。イタリアのゴールデン・グローブ賞で最優秀コメディー賞を受賞。
引用終わり
僕の解釈
この喜劇には、役者のほかに大切な主役がいる。それはアルファロメオ 「ジュリア 1300cc」 という1977年まで作られた車。しかも、そのジュリアは35年以上もたったポンコツ車。

先の3人+2人の5名で、ぼろぼろの廃屋の農家をリノヴェートして、アグリツーリズモのようなホテルにしようと力を合わせる。そこに「ジュリア」に乗った、カモッラ(ナポリを中心としたマフィア)の中間管理者のヴィトが現れる。みかじめ料を要求して乗り込んだのだが、セルジオの腕力に負けて地下室の閉じ込められてしまう。ヴィトが来たことを隠すには、「ジュリア」を何とかしなくてはならない。
そこで「ジュリア」を、建物の前のプール予定地の穴に埋め込む。これが、喜劇の大きな仕掛けになる。「ジュリア」はポンコツで、カセットデッキの調子が悪い。しかし、バッテリーはとっかえたばかりの新品だった。ヴィトはステレオのコンソールをひっぱたいて、それを黙らせていたのだが、他の仲間はそれを知らない。地上近くの穴に、車のキーをつけたまま埋めてしまう。
組織の中で宙ぶらりんなヴィトは、5人組と仲間になって、カモッラを離れる決心をする。
レストランを開業すると、お客が来た。すると、庭の地中からクラシックの大音響がきこえる。「ジュリア」のカセットが、自動的に回り始めたのだ。客は驚き、感心し、喜んで友達たちに、そのホテルを紹介した。客はどんどん増えて、大儲け。土の底からのクラシックが評判に、評判を呼んだのだ。しかも、それは鳴ったり、鳴らなかったりして、不可思議な感じが魅力になった。レストラン、ホテルも万々歳だ。
しかし、カモッラの重役がやってきて、彼らを脅した。彼らは、今度は逃れられないと、金を持って逃げ出すことを決めた。しかし、そこは荒野の真ん中で、逃げる手段はない。そこで、またまた「ジュリア」の登場だ。土の中から掘り出して、元の5人で逃げ出すのだ。ヴィトは残った。
ハンドルを持っていたディエゴは、いまさら元の生活には戻れないと、運転していた「ジュリア」に急ブレーキ。逃げるのは止めよう、アグリツーリズモを続けようと皆に宣言する。皆は心の中に、今の生活を楽しんでいる自分がいたから、留まろうと決心した。
感想
ここで、映画は終わる。余韻として、カモッラのことも含めて、前向きにやって行こうという空気が暗示される。
この映画には、笑わされた。楽しかった。人間の機微が感じられた。特にアルファロメオの「ジュリア」の役割がとてもいい。監督は良く考えたものだと感心して朝日ホールを出てきた。
イタリア映画祭、もう6年ぐらい連続してみているが、どうも観客の数が減ってきているように思えてならない。
10年ほど前までは、日本全体がイタリアンブームで、イタリアンレストランがフランスレストランを凌駕したと言われた時代だ。その頃、この映画祭の観客の数も増えて、なかなか、チケットが手に入れられなかった記憶がある。しかし、この映画の乗客数は定員の7割ぐらい。もうせんから考えると、信じられないくらいスッカスカだ。この映画祭のスポンサーも減り、この映画祭のHPのコンテンツも貧しくなっていた。毎年楽しみにしていたフェラガモのリーフレットの質も下がったようだ。

バカ受けするアメリカ映画に比べてちょっと地味な、しかし人間を丹念に描いているイタリア映画を、もっと多くの日本の人に見てもらいたいと思う。
外は、ゴールデンウイークのど真ん中。晴れあがった五月の空に、数寄屋橋の新名所、TOUKYU PLAZA GINZAに観光客があふれていた。でも切子ガラスはあまりにも威圧的だった。
