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Last Update : Dec. 5, 2021
イタリア映画祭 2015年『生きていてすみません !』をみて 2015年5月
2001年のイタリア年から始まったイタリア映画祭、毎回楽しみにして見ている。今年も昨年の味を占めてコメディーを選んだ。
昨年楽しんだ『ようこそ大統領!』と同じ監督作品。
作品紹介
『生きていてすみません!』[2014年/106分]
原題:Scusate se esisto!
監督:リッカルド・ミラーニ Riccardo Milani
主演者:パオラ・コルテッレージとラウル・ボヴァ

下記は、イタリア映画祭のブローシャーより引用
前作『ようこそ、大統領!』が爆笑を誘ったミラーニ監督は、コメディー映画で活躍がめざましいパオラ・コルテッレージとイケメンのラウル・ボヴァを新作に起用。実在の女性を題材にした喜劇で、またもやヒットを飛ばした。セレーナは飛び抜けた才能を持つ建築家。国外で活躍するが、故郷のイタリアが恋しくなり、自分で望んで帰国する。だが、待ち受けていたのは女性にとって厳しい就労状況。別の仕事を掛け持ちして、なんとか生計を立てる。やがて、建築家の仕事を得られるチャンスが訪れるが・・・。
引用終わり
美しい主演女優、コッテレージさんと、ミラーニ監督が開演の舞台挨拶をした。監督は、短く次のように自分の作品を紹介した。
・おなか(腹)から笑ってほしい
・頭(脳)で笑ってほしい

この映画の基本は、女性建築家が男性建築家として、ローマで展開するコメディーだ。
この女性は、小さいころから図面を引くのが大好きで、大学の建築家を出て賞を取り、ヨーロッパやアメリカで仕事を得る。名声は高く、仕事が次々と舞い込む人気建築家になった。しかし、パリの仕事の完成の時に、ぽつりと、故郷、イタリアに帰るといったことから始まる。
アブルッツオに片田舎の故郷に戻るが仕事はない。ローマに出て仕事を探すが、建築家の仕事は見つからない。ある日、RRR(ローマリソース回復社)の作品応募のコンテストがの広告を見て、応募することを考える。ローマ郊外の50年物の巨大な公営住宅の再開発デザインだ。現地に足を運んで構想を練る。
男尊女卑の設計家の世界。審査の対象とみられない女性建築家の彼女は、男性の名前を使う。つまり名前と苗字を入れ替えたわけだ。
本名は Serena Bruno ♀ セレーナ
応募者名は Bruno Serena ♂ ブルーノ
そして作品は採用されるが、インタビューや他の関係者との打ち合わせ、RRRとの建築に関する打ち合わせは、仮想男性建築家「ブルーノ」でやることを強いられる。ゲイのイケメンを架空のブルーノに仕立てて、日本の大阪にいるブルーノ(本人がいないとの設定)とのテレビ会議を、裏からセレーナがコントロールしながらやり遂げる。
コメディー映画としての、要素をふんだんに盛り込んだものになった。
・女性が、男の建築家として演技するというムチャ
・彼女の代理をやるゲイのフランチェスコと仲間の会話、内幕のドタバタ
・アブルッツオの方言しか話せないおばさんの登場
・素人に建築設計の言葉を教え、代わりに発言させるムチャ
・テレビ電話で、大阪城の看板が倒れこむドタバタ
・現場となる巨大廃墟のアパート群での、住民とのドタバタ
しかし無理は最後まではきかない。開きなおってしまう。いい加減なRRRのダイレクターをコテンパにやっつけて、「セレーナ」に戻り去っていく。
なぜ『生きていてすみません』という題になったかというと、ブルーノは存在していないはずだったが、セラーナという女性設計家として存在していたというギャグだろう。「あたしはセレーナ、ブルーノではありません」という意味だろう。
結論を言うと、監督の言った
・腹で笑ってほしいは ○
・頭で笑ってほしいは ×
×は日本人にとってかもしれない。
結果、観客はそのスピードについていけず、頭では笑えなかったのだろう。僕の場合のみかもしれないが…。
原因は、あまりにも、コメディの要素をたくさん詰め込んだから、頭がついて行けなかったのだろう。
一つの救いは、セレーナが提案した、廃墟のマンションの改修が2015に始まるやも…というくだりだった。